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小倉簡易裁判所 昭和39年(ろ)92号 判決 1965年1月20日

被告人 君和田完爾

昭一二・一・一七生 自動車運転手

主文

被告人は無罪

理由

本件公訴事実の要旨は、被告人は自動車運転手であるところ、昭和三八年八月八日午後二時四五分頃大型コンクリートミキサー車(福八い五〇三号)を運転し、北九州市小倉区末広町四番地の六福岡浅野コンクリート工場内自動車専用道路において後退したのであるが、そのような場合自動車の運転者は後退の安全なることを確認した上後退し、もつて歩行者との衝突による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然後進したためたまたま進路上に佇立していた高島翼(当一九年)に気づかず、同人に自車の後部を接触させて転倒させ左後車輪で轢き骨盤骨折等を与え、同日午後六時三分頃同区宝町小倉記念病院において死に致らしめたものであるというにある。

よつて按ずるに、被告人に公訴事実に指摘される如き注意義務を尽さなかつた過失があるとの点を除き右公訴事実記載の如き事実は検察官提出の証拠によつてこれを認定することができる。

そこで、本件致死につき被告人に検察官主張の如き業務上の注意義務懈怠による過失があるかどうかを考察するに、被告人の当公廷での供述及び検察官並びに司法巡査に対する各供述調書、証人清水克夫の当公廷での供述(第一、二回)及び司法巡査に対する供述調書、証人松代浩治の当公廷での供述、当裁判所のなした検証の結果、司法巡査工藤敏則外一名作成の実況見分調書を綜合すると、本件事故発生の現場は北九州市小倉区末広町四番地の六福岡浅野コンクリート小倉工場内に設けられたコンクリートミキサー車(以下ミキサー車と称する)専用の幅員四米の道路上であつて、パツチヤープラント(セメント、砂、砂利等を調合して生コンクリートを生産する設備であつて四角にある直径八〇糎のコンクリート製の四本の柱によつて支えられ底部が地上約五米の高さにありそのほぼ中央部には生コンクリートをミキサー車に流し込む注出口があり右柱に囲まれた内側の広さは約二六平方米ここにミキサー車を乗り入れて生コンクリートを積込む仕組になつておる)の北側寄り東端より東方へ約五米五〇糎、道路の北端より内側へ約一米一〇糎の各線が結ばれる地点である。その附近の状況はパツチヤープラントを中心として東側に全長約三〇米幅四米(検証時においては四米六〇糎)の本件道路があり、北東方に裏門その西側に道路に沿うて長さ九米四〇糎、幅七米四〇糎(本件事故発生後道路の幅員を六〇糎拡張するため幅員を縮少し検証時においては幅員六米八〇糎)のセメント倉庫、その西側(パツチヤープラントの真北にあたる)に二基のタンク、その西側に機械室、その西側に工場事務室、更にその西側に表門がありこれらの建物施設に対面してパツチヤープラントを挾んで南方に砂、砂利等の骨材置場があり、右骨材置場とパツチヤープラントとの中間に空車のミキサー車が構内に入り溜り場所へ通行する空地があり、パツチヤープラント南側寄り東端から東方約一四米一〇糎隔てて道路の南側に接して一米九〇糎乃至一米八〇糎四方の配車室、その東南側に空車のミキサー車の溜り場所がある。パツチヤープラントと配車室までの間約一四米一〇糎の道路南側には建物などの施設がなく直接空地に接しておるが、その反対側即ち北側はセメント倉庫の壁(セメント製の波型スレート)に密着し工場の周囲はコンクリート壁で囲まれていること、ミキサー車はパツチヤープラント下に設けある二条の踏台(高さ約三〇糎)に乗上げて生コンクリートを積込み建設工事現場に輸送する特殊大型貨物自動車であつて、その輸送業務を下請する丸正運輸会社の所有に属し本件事故発生当時その輸送に一七台前後のものが使用せられ、パツチヤープラントには五分おき位の間隔で乗入れられていたが、本件ミキサー車は全長七米九九糎、幅二米四〇糎、高さ三米二〇糎、運転手席は右側にありその後部に取付けてあるミキサーは長さ二米九〇糎直径一米九〇糎その後端上部には生コンクリート注入口があり外面は薄小豆色であること、ミキサー車が生コンクリートを積込み工場構外に出るまでの運転径路等は、運転者は空車を表門より構内に乗入れ空車の溜り場に一旦停止し、パツチヤープラントに乗入れる順番が廻つてくると本件道路の東側に移動し後部をその方向に向けて待機し、配車室詰め係員の乗入れの合図によつて後方へ発進し、警音器を吹鳴してホツパー詰め係員(パツチヤープラント底部南側に附設しある)に乗入れの合図をし、パツチヤープラント下地上に設けある二条の踏台を目標に徐々に後進し踏台に乗上げてミキサーの注入口がパツチヤープラント底部の注出口の真下に位する位置で停車しすると、ホツパー係員が注出口の扉を開いて生コンクリートをミキサーに流し込み、積込みが終ると往路を配車室附近まで逆行し配車室詰係員より伝票を受取りそこから左へ斜行して裏門から構外へ出て行くのであるが、この場合本件ミキサー車を含めてミキサー車には運転助手の同乗がなくまたミキサー車の運転を誘導する係員もいなかつたこと、被告人はパツチヤープラントに乗入れる順番が来たので待機の場所で左右の後写鏡を介して後方に障害物のないことを確めて運転を開始し、警音器を吹鳴してホツパー係員に乗入れの合図をし、歩行速度で約一〇米八〇糎後方の配車室前まで後進し、その附近から右側運転手席窓から上半身を乗出し右側車輪が道路南端より内側へ九〇糎位離れたところに位置する地点をパツチヤープラント下の踏台を目標にそれを注視しながらほぼ直線に徐々に後進したところ、間もなく何物かに自車が接触したような衝撃を感じたので直ちに停止し下車したところ路上に転倒している被害者をはじめて発見したこと、本件道路はミキサー車専用の道路であるが、道路北側に沿つてあるセメント倉庫の出入口が裏門に面して東側にあるところから、たまにはそこに出入りする工場係員等が通行することもあるが、その場合歩行者はミキサー車の往来が頻繁であるところからこれとの接触を警戒し、その通過の合間を見て通行するか或は道路の両側端に身を寄せて通行するなど特段の注意を払い同工場創業以来本件事故発生まで斯る事故の発生を見た事例がなかつたこと、同工場倉庫係であり、斯る事情に通暁していた筈の被害者は警音器を吹鳴してパツチヤープラントに乗入れる合図をしそれに向つて後進し、漸次自己に接近しつつある被告人運転のミキサー車の進行地点(右側車輪が道路の南端より内側へ約九〇糎離れたところに位置する地点を後進していたのであるから道路の幅四米車体の幅二米四〇糎を差引計算すると左側車輪と道路の北端即ちセメント倉庫壁との間隙は約七〇糎あるに過ぎない)即ち道路の北端より内側寄り一米一〇糎南端より内側寄り二米九〇糎附近を東方に向つて歩行し、途中立ち止り向きを南方に変えて佇立し、同車の左側後部に衝突してその場に転倒し左側後車輪で轢れたことを肯認することができる。

以上の認定事実によつて明らかな如く被害者には重大な過失があり、これが本件致死を招来するに至つた主要な原因であることが認められる。即ち被害者は本件道路が絶間なく往来するミキサー車専用道路であり、ここを歩行する一般職員はミキサー車との接触を警戒しミキサー車通過の合間を見て通行するか或は道路の両側端に身を寄せて通行するなど危害を回避する措置を講じていた実情を知悉していた筈であるのに不用意にも警音器を吹鳴して後進する被告人運転のミキサー車の進行地点をそれに向つて歩行し、歩行位置からこれを発見し得べかりしにこれに気づかず而もミキサー車が漸次自己に接近しつつあるのに途中立ち止つて進路上に漫然佇立し、遂に被告人のミキサー車と衝突するに至つたこと。

被害者の過失のほかになお被告人にも過失があるかどうかを更に考察する。被告人は本件ミキサー車を発進させる直前、左側の後写鏡によつて後方の障害物の有無を確めた際被害者を発見しなかつたと弁疎するのでこの点を勘案するに、右確認の時点において被害者が衝突地点に佇立乃至歩行していたことについてはこれを認めるに足りる確証はない。試みにその時点において被害者が佇立していたものと仮定し、当時被害者が着用していたカーキ色作業衣と同色の作業衣を着用した仮装人物を衝突地点に佇立させ、被告人の確認地点において本件ミキサー車の運転手席から左側後写鏡を介してこれを検ずるに、当裁判所のなした検証の結果に徴すれば確認地点と衝突地点との間約一九米三〇糎の距離があり、仮装人物着用の作業衣の色がその背後にあるパツチヤープラント下の空間の薄暗さとミキサー車後部のミキサーの薄小豆色とに同和し、一見しただけではこれを捉えることはむづかしく凝視した場合辛うじてミキサーの死角線すれすれの位置に浮んでくるのを視覚することができる。障害物の存在を意識していない場合は一層視覚の困難性を増すことが窺われ、この点から見ると仮りに被告人が後方の安全を確認した時に被害者が道路上に現われていたとしても被告人が被害者を発見し得る可能性はなかつたものと推認される。

被告人が後方の安全確認を後写鏡によつてするほか、なお左側窓から首を出して直接後方を注視していたならば或は被害者を捉えることができ事故発生を未然に防止し得たのではないかとの見方もないではないが、もともと本件道路は専らミキサー車の通行する場所であり、たまに通行する者があるにしても歩行者は主に工場職員であつて、ミキサー車との接触を警戒しその通過の合間を見て通行するか或は道路の両側端に身を寄せて通行するなどの措置を講じていたこと、他面当時生産された生コンクリートを可及的速かに建設工事現場へ輸送する必要上その輸送に一七台前後のミキサー車が使用されこの多数のミキサー車が間断なく道路を通行し、パツチヤープラントに乗入れようとする被告人乗車のミキサー車の後にも数台のものが待機していたこと、本件ミキサー車の運転手席より左側窓までは人二人が座席を占め得る程度の距離があり、パツチヤープラントに乗入れるときは運転者は如何にすれば円滑適確に二条の踏台に両輪を乗上げ得るかを念頭に置きこれに神経を集中して後進することを必要とする運転技術上の点と後写鏡の機能とを併せ考えると、一般大衆等の往来する道路を後進する場合ならば格別、本件道路上を歩行し又は歩行しようとする被害者を認識していない被告人に斯る措置を期待することは酷に過ぎ妥当を欠くものと考える。

次に被告人が配車室附近から上半身を右側窓から乗り出し、パツチヤープラント下の踏台を目標にこれを注視しながら後進したことは前段説示の如く必要欠くべからざる措置であつて彼此批議を容るる余地はなくその段階においては被害者はミキサー車の死角内に全く没入することとなり被告人がこれを認めることは不可能である。

被告人の進行地点、速度、後方の安全確認の措置等は相当であつて結局被告人の過失の証明がないことに帰するから刑事訴訟法三三六条を適用し主文のように判決する。

(裁判官 戸畑豊吉)

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